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新製法開発ものがたり
會澤高圧コンクリート並びにアイザワ技術研究所は、ここ数年、テクノロジーと経営の軸足を、脱炭素に移しつつあります。建設産業における「脱炭素」を実現すること、つまり私たちが携わる建設において二酸化炭素の排出量を上回る吸収削減量を達成できないか。それが我々研究者の新たな課題となりました。
その達成に向かう取組みのカギを握るのが、自己治癒するコンクリートです。
私たちが自己治癒する建設材料を開発しようとした背景には、環境問題への懸念がありました。コンクリートの原料となるセメントを1㌧生産することにより排出される二酸化炭素(CO2)の量は、およそ0・8㌧です。日本のセメント消費量は年間で約4300万㌧ですから約3400万㌧もの二酸化炭素が大気中に放出されていることになります。これは国内の全産業が放出するCO2の5~7%に相当します。
セメントの原料は多量のCO2をその中に固定化している石灰石です。それらは焼成、溶融、加熱されることによって、大気中に温室効果ガスを放出します。地球環境が悠久の時間をかけて固定化したCO2を、文明社会はあっという間に大気に放出してしまうわけです。
私たちが快適な社会生活を求めれば、社会インフラ整備や生活環境を整えるために、これら資源の消費は必要不可欠です。近年激しさを増す気候変動がCO2を含む温室効果ガスの増加に起因するならば、全てのコンクリート構造物の長寿命化を図り、これらの消費量を削減する以外に方法はありません。
バクテリアを用いた自己治癒コンクリートは、オランダ・デルフト工科大学のヘンドリック・M・ヨンカース准教授率いる研究チームが開発したテクノロジーをベースにしており、まるでひとの皮膚の傷が、かさぶたによって自然と治癒されて行く様に、コンクリートのひび割れをバクテリアが自ら修復していくもので、まさにコンクリートマテリアルとバイオテクノロジーの融合によって生まれた技術と言えるでしょう。
ヨンカース准教授の技術開発で最も重要な点は、どのようにしてアルカリ耐性のあるバクテリアを生きたままコンクリート内に分散させるかでした。ヨンカース准教授がフィールドワークで採取して培養したバクテリア群は、①それ自体固い胞子に包まれている ②練り混ぜ直後の高いPH領域では目を覚まさない――など、ある程度コンクリート練り混ぜと輸送には耐え得ると考えていました。しかし、その生存率は5%以下でした。
正常な自己治癒を実現するためには、その生存率を10%以上に上げる必要がありました。そこで2017年の時点で彼が辿り着いた結論は、生分解性プラスチックで出来たカプセル個々にバクテリアを忍ばせるという方法でした。
まず、生分解性プラスチックの固形を約80℃で糸状に押出成形した後、これに等間隔で1つずつバクテリアを投入します。80℃がバクテリアを死滅させずに、生分解性プラスチックを溶融できるぎりぎりの線でした。成形ラインの最終では約2㎜程度に切断、出来たカプセルを水に投入し温度を下げ、その後乾燥させて完成します。
ちょうどスパゲティー形状のパスタを金太郎飴にように切断してできた不整形の顆粒です。正直、コンクリートに混入するにはサイズが大きすぎると感じました。しかも生産工程が複雑で、量産化が厳しいのは明らか。我々が最初にデルフト工科大学でヨンカース准教授らと交流を開始した当初のプロトタイプ(試作品)は、素晴らしいポテンシャルを持ちながらも、やはり“ラボレベル”の技術だったのです。
彼らと技術提携し、私たちの工場で試験施工を行うと、生分解性プラスチックのPLA(ポリ乳酸)のカプセル形状が大き過ぎることで、浮力や締固め時の振動によりコンクリート表面に多く集まってしまい、小さな白い斑点が無数にコンクリートの表面全体に出るという現象が起きてしまいました。
ポリ乳酸は、生コンクリート中の水により分解されながら徐々に脆くなって最終的にバクテリアの餌となる乳酸カルシウムに変わります。この時、コンクリート中の強いアルカリ成分によりこの工程はより加速されて行きます。
一般的に日本で多く使用されているセメントは、海外のセメントのようにフライアッシュなどを混合したものではなく、セメントの主原料となるクリンカーが95%以上で形成されている為、斑点はコンクリート中の高いアルカリによってポリ乳酸が加速的に分解されて出来た乳酸カルシウムであることが判明しました。
これらの結果により、現状のままでは、日本のセメントには不向きであると判断し、更なる開発に取り組むことになったのです。
先ずは、カプセルの押し出し径を小さくすることに挑戦し続けました。しかし、斑点の発生の低減はしましたが、まだ十分ではありませんでした。これ以上押し出し径は小さく出来ないことから、それを粉砕機にかけ、細かい砂程度の径まで小さくしました。すると斑点の発生はなくなりました。
さて、これで自己治癒する事が出来るだけのバクテリアが生存しているかが問題でした。バクテリアの活動を評価する方法として、酸素消費量の測定と、実際のコンクリートでひび割れ修復するかです。結果、自己修復能力に十分な個体数が生き残っていました。
しかし、ここでまた新しい問題の発生です。押し出し成形したカプセルを粉砕機に掛ける生産方法は著しく非効率で、生産コストのさらなる上昇を招くことでした。オランダと日本で議論を続け、何度もヨーロッパを訪問しましたが、結果、生産効率を上げコストを抑えるためには、製造方法を根本から変える必要があるという結論に至りました。
最も生産効率が上がりコストを抑える方法は、単純にバクテリアとポリ乳酸を混ぜ合わせて商品化することです。しかしバクテリアとポリ乳酸のように違ったサイズの粒子を均等に混ぜ合わせることはかなり難しい技術なのです。
バクテリアの1つのサイズは、1.5~2.5µm程度ですが培養の過程で増殖を繰り返し100μm程度の集合体を作ります。また、ポリ乳酸は1~2㎜程度まで粉砕加工されます。この粒子サイズの違ったふたつを攪拌し、且つバクテリアにポリ乳酸を均等にまぶす為には特殊なミキシング装置が必要です。そこで私たちは、サイズの異なる粒子を混合して作られている化粧品や医薬品のミキシング方法にヒントを得ました。
私たちが注目したのは、ドイツのノイエンラーデという田舎町にあるMIXACOというエンジニアリング会社がもっている技術でした。ここで開発されたミキシング装置は化粧品や医薬品の混合にも使用されており、まさに私達が望んでいた粒子サイズの違う材料を均等に攪拌出来るものでした。
ミキシング装置は、材料攪拌容器内を密閉減圧後、そのまま上部へ反転リフトアップさせ、内羽、外羽をインバーター制御によりそれぞれ異なった速度で回転させることが出来ます。
また攪拌時は、材料攪拌容器内を密閉減圧することで、バクテリアやポリ乳酸の各粒子にかかる重力を軽減し、分散効果を高めることが出来ることから、攪拌能力を格段に向上させています。合わせてバクテリアのような小さな粒子も外部に一切出しません。
その後何度もMIXACOを訪問し、試作を重ね、適正な内羽・外羽の形状、回転数、練り混ぜ時間を変えて、デルフト工科大学にサンプルを持ち帰り、バクテリアの生存率に問題の無いことが確認出来、やっと完成に至りました。
デルフトと技術提携からおよそ2年半。コロナの影響もあって、生産ライセンス契約を締結してからそろそろ1年になるなど時間はかかりましたが、ようやく理想とする量産方法にたどり着きました。
新製法の自己治癒化材料「HA」は粉末状であることからも、生コンクリートの性状や固まった後のコンクリートには全く影響を及ぼすことも無く、より扱いやすい商品になったのは言うまでもありません。
(アイザワ技術研究所主席研究員 酒井 亨 談)