自己治癒技術は地球を救う

コンクリートとアスファルトの自己治癒技術は地球を救う

私たち會澤高圧コンクリート株式会社は、北海道苫小牧市に本社を置く、創業昭和10(1935)年のコンクリートメーカーです。生コンクリートから鉄筋コンクリート(RC)およびプレストレス・コンクリート(PC)、コンクリート二次製品、即脱式コンクリート製品まで幅広く生産をしている日本では数少ないコンクリートの総合メーカーです。


生コンクリートは札幌を中心に15工場、コンクリート二次製品は北海道を中心として宮城県、茨城県を含めた13工場から製品を供給しています。営業サービスは北海道から岐阜県までの20拠点から、お客様との距離感を重視した決めの細かなサービスを提供しています。


弊社の基本方針は、建設における「カーボンネガティブ」を実現すること、つまり私たちが携わる建設において二酸化炭素の排出量を上回る吸収削減量を目指しています。その達成に向かう取組みの一環が、3Dプリンティングコンクリート、建設・農業・インフラ維持管理におけるドローンの活用、リサイクルエナジー、そして今回ご紹介する自己治癒するコンクリートおよびアスファルトは、弊社が最初に手掛けた脱炭素時代に向けてのプロジェクトです。


 

【経緯】

私たちが自己治癒する建設材料を開発しようとした背景には、環境問題への懸念がありました。コンクリートの原料となるセメントを1㌧生産することにより排出される二酸化炭素(CO2)の量は、およそ0・8㌧です。日本のセメント消費量は年間で約4300万㌧ですから約3400万㌧ものCO2が大気中に放出されていることになります。これは国内の全産業が放出するCO2の5~7%に相当します。


一方、アスファルト舗装の原料であるビチューメンを加熱することによって排出されるCO2は、セメントに比べると低く年間約18万㌧と推察されます。


建設において用いられるセメントもアスファルトも地球創成期に地層内部に蓄えられた貴重な資源であり、鋼材や骨材も地球資源です。
 

図1 土木工事における材料別CO2排出量
※(独)土木研究所 舗装工事におけるCO2排出削減技術より

 
セメントや鋼材の原料は多量のCO2をその中に固定化している石灰石です。鋼材は鉄鉱石を高炉で溶融する際に多量の石灰石を用います。その際にCO2が大気に放出されます。


アスファルトの原料である減圧重質油は、地球深くのマグマ周辺でCO2と水素(H2)が反応した化合物が地層の裂け目を通って、以前は海底や湖底であった場所に貯留されていた有機物と数億年という長い時間をかけて反応し合い、地層内に固定されたものです。それらは焼成、溶融、蒸留、加熱されることによって、大気中に温室効果ガスを放出します。地球環境が悠久の時間をかけて固定化したCO2を、文明社会はあっという間に大気に放出してしまうわけです。


私たちが快適な社会生活を求めれば、社会インフラ整備や生活環境を整えるために、これら資源の消費は必要不可欠です。近年激しさを増す気候変動がCO2を含む温室効果ガスの増加に起因するならば、私たちには何ができるでしょうか。全てのコンクリート構造物、アスファルト舗装道路の長寿命化を図り、これらの消費量を削減する以外に方法はありません。


開発のヒントとなったのが、発酵です。私たちが口にしている発酵食品の味噌、酒、酢、納豆、ぬか漬け、ヨーグルト、パンなどは全てバクテリアの恩恵を受けています。生物が栄養素として取り込んだ有機物を代謝してエネルギーを得るのが発酵です。私たちはバクテリアの代謝活性がコンクリートのクラック修復に活かせないかと考え平成24(2012)年の初めから微生物、ウイルスやバクテリアについて学び始めました。地球の歴史は、ウイルスやバクテリアの歴史でもあるといっても過言ではありません。私たちが地球に誕生したはるか数十億年前に彼らは地球に存在し、今の地球を形成するべく懸命に働き続けていたのです。あとから誕生した私たちは長い進化の歴史の中でバクテリアやウイルスと共存することを学んでいったのです。


さらにあらゆる生物はその生体に不具合が出ると自己でその不具合を修復しようとします。生物のように自己治癒するコンクリートやモルタル、アスファルトが開発できれば、構造物の長寿命化が可能になるだけでなくCO2排出量の削減につながると考えました。


そして、研究を進める中でオランダのデルフト工科大学土木工学部のエリック・シュランゲン教授とヘンドリック・ヨンカーズ准教授がアスファルトとコンクリートの自己治癒技術の開発を進めていることをつきとめました。弊社は平成28(2016)年6月に、この自己治癒コンクリート技術の事業化を進めるBasilisk BVと日本での独占的契約を締結し、平成30年(2018)年7月に自己治癒アスファルトの実用化を進めるEPION BVと同じく独占的契約を締結しました。

 


【自己治癒コンクリート:Basilisk】

コンクリートのひび割れは、避けられない問題です。一定の長さに対してひび割れ幅を推定することはできますが、どこにひび割れが発生するかを予測することは困難です。また、ひび割れは様々な原因によって発生します。コンクリートにとって、ひび割れの予防と修繕の対策は永遠のテーマでした。このテーマを解決する「インテリジェント材料」となるのがBasiliskコンクリートです。


BasiliskHAは、アルカリに強い耐性を持ったバクテリアとその栄養分である乳酸で構成されています。このバクテリアは、欧州議会および理事会の指令における「生物学的添加材の暴露に関連するリスクから労働者を保護することに関する法令」(DIRECTIVE 2000/54/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 18 September 2000 on the protection of workers from risks related to exposure to biological agents at work)の第7個別指令第16条(1)に示された感染に関する定義に従い、Group1の人への感染しない添加材に分類されています。また、日本細菌学会、国立感染症研究所、(独)製品評価技術基盤機構、NBRC(バイオテクノロジーセンター)、DSMZ(ドイツ微生物研究機関)のいずれにも有害微生物であるとの記述はなく、バイオセーフティーレベル1以下に属し「ヒトや動物に病気を引き起こす可能性の極めて低い」とされています。


図2 バクテリアによる石灰石の生産の仕組み

 
Basiliskはトカゲの一種です。トカゲの自切した尻尾が再生されることから本技術のイメージしたものです。同製品もバクテリアの生命活動を通して、コンクリートのひび割れを自己治癒していきます。


胞子によって守られたバクテリアの活動再開に必要な因子は、水(H2O)と酸素(O2)です。コンクリートにひび割れが入ると、そこからH2OとO2がバクテリア周辺に供給されます。それがトリガーとなってバクテリアは目を覚まし、周辺に配置された栄養分(乳酸+Ca+)とO2を分解して炭酸カルシウムとCO2とH2Oを生成します。生成された炭酸カルシウムはひび割れの底や壁面に沈着します。また生成されたCO2も排出されるのではなくコンクリート中の水酸化カルシウムと反応して炭酸カルシウムを作りひび割れ内部に沈着します。H2Oは新たな水和反応をもたらします。一定の環境下でバクテリアは約20分ごとに分裂を繰り返し、個体数を増やしながらひび割れを修復していきます。そして、修復が終了し水と酸素の供給が絶たれれば、再度胞子を纏って消費エネルギーをほぼゼロにして冬眠状態に入り、次のひび割れ発生に備えます。


写真左 コンクリート自己治癒材料BasiliskHA
写真右 Basilisk HA添加コンクリートの自己治癒の状況

 


写真3 ひび割れが自動修復される様子
 

 

ここでいくつかの施工例を紹介します。はじめにBasiliskの発祥地オランダでの施工例です。
 

写真4  Het Loo パレスの改修工事の様子


アムステルダムから東へ60㎞に位置するアーペルドールン(Apeldoorn)にあるHet Loo パレスの改修工事(写真4)は、元オランダロイヤルファミリーの住居を博物館に改修するものでした。この工事で地下駐車場とショップ部分の5000立法㍍のコンクリートにBasilisk HAを1立法㍍当たり5㎏使用しました。もともとの設計は防水シート工法でしたが、コンクリートのひび割れをある程度許容して防水シートで水の浸入を防ぐより、防水シートを使用せずにひび割れをコントロールし、水の浸入を防ぐ方が現実的で工期も短縮でき、コスト縮減につながりました。


最も古いBasiliskHAの実績は、ユトレヒト郊外に平成27(2015)年に建設された排水処理工場内の汚水処理タンク(写真5)です。正三角形のマークがついた箇所にHAが1立法㍍当たり5㎏添加されています。現在も無添加の箇所との比較観察が行われています。



写真5 ユトレヒト郊外に建設された排水処理工場の汚水タンク


写真6 巨大な防火用水タンク

 

さらにロッテルダム港のロイヤルダッチシェルの工場と引き込み鉄道線路の間に建設された巨大な防火用水タンクでも試験利用されています。両サイドから打設を進め、中央部に意識的にコールドジョイントによる欠陥部分を作り、漏水の修復状況を確認しました。片方の面にHAを1立法㍍当たり5㎏使用し、もう一方の面にはHAを使用せずに両面の比較観察を継続しています。(図3,4)



図3 HAを添加していない面



図4 HAを添加した面


国内での施工例は平成31(2019)年12月に弊社の鵡川工場に建設された養生用水槽です。HAを1立法㍍当たり5㎏添加し、意識的に収縮を促進させ強制的に周辺にひび割れを発生させました。発生したひび割れを定点カメラで経過観察し、現在もその自己修復状況を確認し続けています。全てのひび割れからの漏水やにじみは止まり、バイオの力で自己治癒していることが確認されています。


写真7 鵡川工場に建設された養生用水槽       


写真8 ひび割れからの漏水やにじみは止まっている

 

建設に係るコストは、水槽建設の場合、HAの使用で初期建設費が約55%増加すると仮定します。10年で償却するとして、その間に3回の漏水補修工事を行うと、5年後にそのコスト増分は吸収できる見通しです。その後は維持管理フリーの設備として利益を生み出してくれる利点があります。
 
図5 減価償却費の比較


しかし、建設プロジェクトに占めるコンクリートコストの比率は決して低くはありません。コンクリート工事は、設計、基礎、型枠、鉄筋、打設、仕上げなどたくさんの工程を伴います。平均的な総建設コスト中で生コンクリートコストが占める割合は40%以下です。そのコスト比率が同製品を利用することで55%から65%程度に上昇しますが、その後に発生する補修工事費用、供用期間の中断に伴う費用を考慮した場合、自己治癒コンクリートは追加の費用とそれに伴うCO2排出量を削減できるという利点があります。さらに供用期間が2倍以上に延長可能になるだけでなく、将来のCO2排出量削減にも貢献します。

 


【自己治癒アスファルト:epion 】

さらに弊社では、自己治癒コンクリートBisiliskに続き自己治癒するアスファルトについても、並行してシュランゲン教授らのチームと共同研究を行いました。もう一つのインフラ建設の主要素材であるアスファルトにも自己治癒というイノベーションをもたらすことが、建設工事におけるカーボンネガティブへの取組みには重要だからです。それが「自己治癒アスファルト「epion」です。epionはギリシャ語で「次世代」を意味する「epyon」に由来します。

図8 アスファルト舗装の劣化

 

アスファルト舗装は車の走行や紫外線、温度変化などが要因となり写真のように劣化していきます。そのため定期的な補修が必須となりますが、日本では年間でおよそ6000~7000億円が投じられるほど補修には多くのコストがかかります。また、切削オーバーレイ補修工事には通行規制が必要となり交通渋滞は避けられません。渋滞による社会的損失は、時間的損失のみならず排出ガスによる環境汚染にもつながります。自己治癒するアスファルト「epion」はこうした問題を解決する技術になると考えています。


新たに道路を敷設する際に、アスファルト合材の中にアスファルト再活性カプセル「RJC」(仮称)と細いスチールファイバーを混合し敷設します。再活性カプセル「RJC」はアスファルト再活性オイルを天然多糖類で固化しカプセル状にした直径1~2㎜の製品です。天然多糖類は、ミキサー内の180℃以上の高温に対してオイルの溶出を守ることから、アスファルト量に対して一定量を合材プラントのミキサー内に添加して使用します。

「RJC」はアスファルト中に均一に分散して、施工後2~5年の短期間で発生したマイクロクラックを、カプセルから徐々に染み出すアスファルト再活性オイルによって自己治癒していきます。アスファルト舗装道路は施工後、交通開放による時間短縮の制約で十分冷却されない状態で車両重量のストレスを受けます。それによってアスファルト内部に発生するマイクロクラックが道路システムの劣化を促進しているのです。

「RJC」はこの点に着目し、敷設工事後初期段階でのマイクロクラックを自己治癒することで道路の劣化を防ぎます。しかし、その量には限界があるためマイクロクラックが発生する状況になり、本格的な補修工事が必要となった時には、IH(誘導加熱)機器を搭載した車両で道路の上を走行し電磁誘導の原理で道路に敷設されているスチールファイバーを加熱します。この作業をIHビークル(仮称)と呼んでいます。これによって約80℃以上まで加熱し、経年劣化で固くなったアスファルトを柔化させ、アスファルト内のクラックを埋めることで骨材(砕石)との付着力を取り戻させて道路の物理的性能の回復を促します。


図9 IHビーグル搭載車イメージ


写真9 オランダの高速道路での試験施工


オランダ北部の高速道路A58号線で実際にepionが試験施工されました。こうした電磁誘導加熱の技術は、道路維持管理のみではなく、一般道路のみならずショッピングモール、空港滑走路、港湾コンテナヤードなどの融雪対策にも活用も期待できると考えています。


同製品の最大の特長は、アスファルト舗装の耐久性を高め供用期間の延長が可能だということです。建設工事におけるCO2排出の推移と平成29(2017)年度の土木工事におけるエネルギー別のCO2排出量をみると、軽油からの排出が58%を占めています。(図10)アスファルト舗装の長寿命が可能になれば、アスファルト原料や骨材の原料配送の削減、合材プラントでの加熱によるCO2の排出量の削減など、大きな環境改善効果が期待できます。


図10 土木工事における年間CO2総排出量


さらに日本におけるepionのコストモデルは、従来工法に対して初期投資で140%、供用期間を2倍に、維持管理コスト50%―を目指し現在も研究を続けています。そのほか一般車両や運用が可能な地域ではドローンに搭載したセンサーによる劣化状況のモニタリングとAIで適切な電磁誘導補修時期を解析する診断サービスなど、道路インフラの長寿命化も進めていきたいと考えています。


有限である地球資源を守るために、われわれは「カーボンニュートラル」ではない「カーボンネガティブ」の実現をこの自己治癒コンクリートおよびアスファルト等で今後も目指していきます。



2020年9月9日

日本水道新聞社 水道公論 2020/10月号に寄稿
 
 


 
 

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